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考えるために読む

森達也の本は「ご臨終メディア」「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」「いのちの食べかた」と読んできて、これで4冊目。2008年の14冊目。

死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う
死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う森達也

朝日出版社 2008-01-10
売り上げランキング : 1079

おすすめ平均 star
star久しぶりに本を読んで感動した
star「死刑」知らずには考えられまい
star著者の考えにはほど遠い

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テーマは死刑制度の是非。もちろん重い。そして、現在の私自身はダイレクトな関わりを持っていないテーマ。だけど、まったく関わりがないテーマではない。それは帯にあるこの言葉に表されている。

少なくとも死刑を合法の制度として残すこの日本に暮らす多くの人は、視界の端にこの死刑を認めながら、(存置か廃止かはともかくとして)目を逸らし続けている。

思考停止しているということは、それを認めていると取られても文句は言えない。忙しいとか、考えなければいけないことがあるとか、言い訳はいくらでもできる。でも、それは、あなたが「どうでもいい」と思っていることの表れでしょう。


日常の生活にはタブーがたくさんある。「信教の自由があるから、下手に宗教の話はできない」と言っている人がいた。この言葉を聞いて、私は何も考えずに「そうだね」と言った。でも、よく考えたら、論理的にはおかしな話。自由があるなら、話せるはずだし、相手が自分と違うことを許容できるはず。だけど、日本では、そうじゃない。宗教とか、人の生死とか、政治とか、価値観とか、話さない方がいいとされているものはたくさんたくさんある。だけど、知らない誰かが殺されたことについては好き勝手な感想を言い合える。行ったことのない国の誰かをけなすこともできる。KYKY。

それに加えて、日々の雑事に追われていると、だんだん、だんだん、考えなくなる。誰かに話すこともできないのだし、考えないほうが楽だから。正しく言うと、考えるように要請されたこと以外、考えなくなる。お金にならないから。食べていくのに役に立たないから。自分にメリットがあるかわからないから。いや、だいたいにして、デメリットしかないから。


私はテレビを見ない。ニュースも興味があるもの以外、詳細を見ていない。この本に関わりのあるところだと、殺人事件の話を聞いても楽しくないし、私には関係がないから、死刑判決が出たとかなんとか、そういう言葉すら聞かなくなっていた。今のところ幸いにして、自分と関わりのある人は殺人事件の関係者にはなっていない。だから、別に、この本を読む必然性はないといえば、ない。

でもこの本の書評を読んで、本屋で手にとって、レジに足を運んで、1日にして読了して、良かった。自分が思ったよりも多くのことについて、思考停止していることに、気づいたから。世界は繋がっている。たとえ光ケーブルやADSLがなくても、世界は繋がっている。