常識のない空間
擦り剥いて3日経つけど、左ひじと、左手のひらと、中指がまだヒリヒリする。痛いけど、久しぶりの感覚なので、あまり悪い気はしない。
養老天命反転地に行ってきた
火曜夜に名古屋会議に参加した翌日、岐阜にある養老天命反転地に行ってきた。
ヤバかった。一言でいうなら「妄想がちなアーチストが、思いついた模型をうっかり実寸大にしちゃった!」空間だった。
傾斜だらけの地面。傾いた家・・・っていうか、家の体を為していない家。ミクロで見ると、大したことがないと思うかもしれない。しかしマクロで体感すると、スゴイ。常識がないんだよ、あの空間。3日くらい通ったら、常識も感覚も全部リセット!されそう。
平衡感覚がなくなった
たとえばここ。写真ではわかりにくいけど、すり鉢状の窪地。私はこの中で滑りやすい斜面を昇ろうとして転んで、靴が脱げて、しかしまだ滑って。半ばマウンテンクライミング?みたいな状態で地面に食らいついて、蟻になったような気分になりつつ這い上がった。そこらじゅうが傾いているから、坂が激しいかどうか、よくわからなくなっていたみたい。後になって思い返すと、50度は超えているだろう、かなりの角度の斜面だった。窪地から出たあと、高台から眺めていた警備員さんに「よう昇るなーと思って見とったよ」と言われたし。他にも色々なところで転びそうになったり、バランスを崩したりして、気がついたら左手を3箇所ほど擦り剥いていた。
しかし高台に上ると、周囲を囲む森の向こうに、名古屋の町並みが眺められて、気持ちいい。あいにく私が行ったときは曇っていたが、晴れていると、海のほうまで見渡せるらしい。
天命反転地を出て、隣にある岐阜子どもの国公園を散策して、駅に戻る。養老の名産品はひょうたんらしく、駅の入り口に様々な形のひょうたんが吊り下がっていた。
ガソリンスタンドのシャッターも、ひょうたん模様。
子どもの国公園の入り口にも、右手にひょうたんを持った聖人がいた。
私はまっすぐ駅に戻ってしまったけれど、天命反転からさらに山のほうに登っていくと、養老の滝(居酒屋ではありません)にも行ける。