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南北朝鮮(北朝鮮と韓国)の事情と歴史を知る

「幸せな統一のはなし」安英民著 李一満訳

(北)朝鮮と韓国の統一を望む著者による、朝鮮の社会システム解説と、なぜ南北統一するべきなのかという話。タイトルをはじめ、日本語で表すと極端な表現が散見されるがそれは韓流ドラマやポップスでも同じなので、韓国語(朝鮮語)の性質によるものなのだろう。
はじめタイトルを見てちょっと引いたが、中身は冷静な筆致で書かれていた。政治的な書きものにありがちな論理の飛躍も少なかった。自分ではほとんど調べた事のない朝鮮半島の事情を知るためには良い入門書だった。

もとは韓国国内(ソウル)で韓国語出版された書籍の日本語訳。167ページの新書判でさらりと読めた。Amazonや楽天では取り扱いなし。朝鮮新報のレビューに問い合わせ先あり。ちなみに↓は本のメッセージ等気にせず、自分にとって目新しかった事をメモしてるので、この本自体に興味がある人は朝鮮新報のレビューをどうぞ。

北朝鮮は教育が全て無料

お金がなくて勉強できなかったり、貧しさゆえの学業放棄はありえない。教育を受ける権利と機会は万人平等である。この大原則の下、「競争」も教育課程の一部と考えられている。

北朝鮮では初等教育はもちろん託児所から大学教育、さらに生涯教育の場である工場大学や農場大学まで無料。もちろん学用品のたぐいも国の負担で支給される(そのため経済的な問題で不足する状況があることも少なからずある)。この本を読んで初めて知った。

近頃、フィンランドの教育に学べという風潮を含め百科争鳴の処方箋が乱舞している。だが一番大事な基本原則は、教育を受ける権利と機会が、万人に平等に与えられなければならないということだ。

フィンランドを引き合いに出すのはうまい。日本や韓国で見られる、お金がなければ塾に行けない→良い大学に行けない→良い仕事に就けないという現象に対する批判としては的を射ている。フィンランドと北朝鮮に共通するのは、教育を無料で受ける権利が保障されていること。

平壌(ピョンヤン)には誰もが住めるわけではない

画一化された全体主義国家で果たして個人の自由は保障されるのか? 集団を強調する北で、個人の存在は?

私はいつも、では自由とは何かと聞き返す。世の中に100%自由な人間は存在しうるのか? 社会という共同体をなして生きるのが人間だから、誰しもが共同体の枠内では一定程度、自由を保留して生きざるを得ない。大事なことはどんな根拠で自由が留保されるのか、その社会の特性と体勢の世界を通じ理解出来なければならないという点である。

自分は日本の「自由」はわかりにくいなーと思っている。法律的には自由ないっぽう、法ではないものによる制約や不自由さがたくさんあって、それは自分で察したり空気を読んだりしなければいけなくて、わかりにくい。たとえば言論・報道の自由が保障されているいっぽうでマスゴミといわれるテレビ局の劣化現象が目に余るのは、報道システム内外に育ってしまった制約・不自由さの表れだと思う。歴史のある社会に制約・不自由さがあるのは自然なことだが、その制約は「その社会の特性と体勢の世界を通じ理解出来なければならない」という著者の主張に同意する。

例をあげる。私たちは北では引越の自由がないと思っている。平壌には選ばれた少数だけが住めると考えている。(略)職場が変わったり、他の正当な理由があって許可をもらったとき引越しできる。このように見れば北は引越の自由がないと言える。
南(韓国)はどうか? 地方の小都市の40代の家長が子どもたちの教育問題で悩んだ挙句、よりましな教育環境を求めソウルの江南に引越すことにした。(略)彼はそれまで住んでいたアパートを不動産屋に売却し、江南でアパート探しに奔走した。しかし彼は、いくらにもならない地方中小都市のアパート売却代金では江南で敷金どころか、ひと月の家賃にもならない現実に突き当たった。結局引越を断念した。
南のような資本主義社会で引越の自由は蜃気楼に過ぎない。どんな社会であれ、幸福を求める自由はこのように現実の制約を受ける。問題は制約の根拠である。

社会的事情による制限か、経済的事情による制限か、それだけの違いじゃないか、同じ制限じゃないか、根拠が違うだけではないか?・・・という主張は新鮮だった。
ちなみにシンガポールでは引越以外のあれこれも、おいしい水を飲む権利・静かな場所に住む権利等はもちろん、車を買う権利・永住権(ひいては国民になる権利)も金次第という感がある。資本主義ここに至れりという感で、ある意味とてもわかりやすい。

先軍政治は軍国主義とは違う

北朝鮮が金正日(キムジョンイル)逝去、1999年前後の自然災害・飢饉を乗り切ったのは先軍政治のおかげ・・・というのは聞いた事があったが、それが何かはよくわかっていなかった。軍部主導の政治かなーとぼんやりと思っていたが、筆者曰くそれは間違った理解らしい。

(著者と北側の朝鮮社会科学者協会キム・イノク研究士の討論)
著者:先軍政治とは馴染みない言葉だが?
先軍政治とは、軍事を国事中の国事ととらえ、軍を中核に社会主義を守り建設を進める政治方式である。(略)
著者:軍隊というのは結局は戦争に備える組織では?
「帝国主義の軍隊は侵略戦争のための軍隊であるが、我が軍隊は侵略から自主権を守る軍隊である。社会主義圏崩壊後、アメリカ帝国主義の傲慢さと暴力性はもっとひどくなった。彼らは先制打撃だ、予防戦争だと言いながら公然と侵略戦争を挑発している。自国の自主権を守るためには当然侵略に立ち向かう力を持つべきである」

日本の自衛隊についても似たような言い回しがあったな・・・と思いながら読んだ。

文化大革命のときは、中国国内の弾圧を避け、北朝鮮に逃れる人がいた

1960-70年代頃まで、朝中の境界地域は国境の概念が佐田かでなかったので、民族的な祝祭日であればいつも親戚同士が往来していた。特に文化大革命のときは弾圧を避け、来たの親戚にお世話になった朝鮮族がたくさんいた。この時はまだ経済的にゆとりがあった北が、中国の朝鮮族を助けてやったのである。1990年代以降それが逆転した。

シンガポールにも文化大革命のときに逃れてくるアーチストや政治家がいたと、友人のアーチストが語っていた。教科書で読んで意味も分からず暗記した「文化大革命」の影響の大きさを、日本国外に出てから見聞きするようになった。

自分用メモ

  • 安重根
    • 「今日韓国の政治家たちはこの悲運の独立運動家を尊敬する人物のトップに挙げる」
    • 「東洋平和論」:死刑を宣告された後に執筆。朝鮮と清、日本三国協同の東洋平和会議校正と協同の開発銀行設立、協同貨幣発行を提案。しかしその後、日韓併合が行われ朝鮮は植民地化。
  • 安昌浩
  • 2000年6月15日共同宣言(6.15宣言)「北と南は国の統一問題を、その主人公であるわが民族同士で互いに力を合わせて自主的に解決して行くことにした」
  • 2007年10月4日宣言(10.4宣言) 6.15宣言を実践する具体的な行動綱領

未来の希望について語る事のできるのは、人間のみが持つ特性である。夢を抱いた者が現実の歴史を前進させてきた。