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Nothing to Envy

友人から借りて読んだ。初期には韓国や中国よりも豊かだった北朝鮮がだんだんと落ちぶれていき、そして90年代の大飢饉時代を経て、民衆すらも国家の欺瞞に気付き始める、その様子がよく描かれていた。

Nothing to Envy: Ordinary Lives in North KoreaNothing to Envy: Ordinary Lives in North Korea
Barbara Demick

Spiegel & Grau 2010-09-21
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印象的だった/考えさせられた箇所

Kim Il-sung's goal wasn't merely to build a new country; he wanted to build better people, to reshape human nature. To that end, he created his own philosophical system, juche, which is commonly translated as "self-reliance."(中略)But Kim Il-sung rejected traditional Communist teachings about universalism and internationalism. He was a Korean nationalist in the extreme. He instructed Koreans that they were special - almost a chosen people - and that they no longer had to rely on their more powerful neighbors, China, Japan, or Russia. The South Koreans were a disgrace because of their dependence on the United States.


金日成のゴールはただ新しい国を作ることではなかった。彼はより良い人を作りたかった、人間自体を作り直したかったのだ。そのために彼は「ジュチェ」と呼ばれる独自の思想を構築した、これ(ジュチェ)は通常「自主」と翻訳される。(中略)しかし金日成は普遍主義や国際主義といった、共産主義の伝統的な教えを否定した。彼は極度の朝鮮民族主義者だった。朝鮮人は特別な存在だと、まるで選ばれた人類であるかのように国民に説いた。だから朝鮮人はもう近隣の強国である中国や日本やロシアに頼らないでも良いのだと。(いっぽうで)韓国人たちは不名誉な存在である、なぜなら米国に依存しているからだと唱えた。

強国の争いにいつも巻き込まれてばかりの朝鮮半島の悲哀と、民族主義を掲げつつも同民族である韓国を常に批判し続けていなければいけない矛盾が端的に表れている解説。

In the classroom teachers often sung "We Have Nothing to Envy in the World," which had a singsongy tune as familiar to North Korean children as "Twinkle, Twinkle, Little Star."
Mi-ran had sung it as a schoolgirl and knew the words by heart:


Our father, we have nothing to envy in the worlds.
Our house is within the embrace of the Workers' Party.
We are all brothers and sisters.
Even if a sea of fire comes toward us, sweet children do not need to be afraid,
Our father is here.
We have nothing to envy in this world.


学校の教室では、先生はよく「We Have Nothing to Envy in the World」を歌った。これは北朝鮮に子どもにとっては「キラキラ星」のようなおなじみの歌だ。ミランも女子生徒のときに歌い、歌詞はすっかり覚えていた。


我らが父よ、私たちはこの世界でうらやましく思うものは何もありません。
我が家は労働党の庇護のもとにあり、
私たちはみな兄弟姉妹です。
たとえ炎の海が我らに向かってきても、かわいらしい子どもたちは恐れることはありません。
我らが父はここにいます。
この世界で、私たちはうらやむものなど何もありません。

自分は「洗脳」がどういうものかいまいち理解できないが、こういう歌(や邪悪な米軍・日本軍を退治する歌)を小さい頃から暗唱するほど歌い続けている子どもたちがいる……ということかと腑に落ちた。

(2000年代前半に娘に騙されたような形で北朝鮮から脱北してしまった女性が、中国の民家にひとりで滞在していたときのエピソード)
It was hard for Mrs. Song to trust anything she saw on television. She knew well enough from a lifetime in North Korea (/) that images could be manipulated. The Workers' Party lectures had warned her that foreign television broadcasts were designed to undermine the teachings of Kim Il-Sung and Kim Jong-il. (中略)
But it couldn't all be made up. And she couldn't dispute what she saw for herself in China - the abundant foods, the cars, the appliances.
Her hosts had an automatic rice cooker with a sensor that turned it off when the rice was done. Most of their appliances confused her, but the rice cooker was an endless source of fascination. Long ago, she'd owned a crude rice cooker, nothing like this one. It had been confiscated by the police because you weren't supposed to use electricity for cooking.
Every morning when she heard the beeping of the rice cooker, signaling that breakfast was ready, Mrs. Song marveled at the technology. It was true, she thought, North Korea was years, maybe decades, behind China. And who knew how far behind South Korea?


ソン夫人にとって、テレビで見るものはどんなものも信用しがたかった。北朝鮮での人生を通して、イメージはねつ造できるものと彼女は知っていた。労働党の授業では、外国のテレビ放送は金日成金正日の教えをおとしめるために作られていると警告していた。(中略)
しかし全部が全部つくりものということはあり得ない。それに彼女自身が中国で見たもの - 有り余るほどの食べ物、道を走る自動車、家電製品 - は、疑いをさしはさむ余地がない事実だ。
彼女を泊めさせてくれていた家には、米が炊けると自動で電源が落ちる自動炊飯器があった。ほとんどの家電製品は彼女を混乱させたが、この炊飯器は彼女を際限なくうっとりさせた。ソン夫人もずいぶん昔に原始的な炊飯器を持っていたことがあるが、この炊飯器とは程遠いものだった。その炊飯器も、調理中に電力を使うことが禁じられたため警察に没収されてしまった。
(中国に滞在中)毎朝、自動炊飯器が炊飯完了の音を立てる音を聞くたび、ソン夫人はこの技術に感嘆した。「これは真実だ」と彼女は考えた。「北朝鮮は中国に何年も、いやおそらく何十年も遅れている。韓国にはいったいどれほどの遅れをとっているのだろうか。」

毎日何気なく見ている家電は6-70年代にはなかった機能が満載で、その頃から技術的な発展がなされていない場所から来た人にとっては感動して見入ってしまうような存在なのだ……ということが面白かった。(以前はそこまでひどくなかったが90年以降の北朝鮮は電力が不足し、引用箇所にあるように電力使用に様々な制限が課せられた。現在では首都の平壌では電力がきちんと供給され家電製品も使えるようになっているが、そのいっぽう地方にいるソン夫人のような普通の人たちは電力をほとんど使わないような生活を続けているという説もある。)

感想

抜き書きはしていないが、電力供給がほぼ途絶えたため星しか明かりがないような真っ暗な夜のなか、こっそり家を抜け出してデートする若い男女のエピソードも面白かった。なにせ結婚するまで絶対に貞操を守る、男女異性交遊なんてもってのほかという文化なので、デートといっても指先1つ触れることなくただ2人で歩いて話をするだけ。しかし社会階級が大きく異なる男女間では、それですら他人に見られてはならないこと。そのため10センチ先も見えないような真っ暗な夜が唯一のデートチャンスだったという。「真っ暗」な場所なんてない都会に住んでいると、想像するのも難しいエピソード。

この本を読んでいる最中に、別の友人から「クロッシング」という脱北者を主題にした映画があることを教えてもらったので、いずれ見てみたい。

北朝鮮について「90年代の飢饉はひどかったが、その後経済事情もかなり安定して、今はずいぶん近代化してる」…と言うひともいるが、この本を読むと「民衆に何も情報を与えず餓死させるような政治体制が今も続いているのか…」と暗い気分になった。*1

この本の最終章は「Waiting」というタイトルで、体制が代わり南北を行き来できる日を待ち望む脱北者たちの様子が描かれている。「いつ現体制が崩壊するか」という議論は、特に日本のメディアでは一時期よく見かけたが、出版後4年経ったいまもその日は訪れていない。

むしろ最近の報道*2を見ていると、第二の中国のような形だけ共産主義で事実上は資本主義といった方向で生き残りを図るのだろうかという気もする。

*1:アメリカ人ジャーナリストがまとめた脱北者による証言集なので、北朝鮮に批判的な内容で当然なのだが。

*2:デラックスな空港建設計画 http://wired.jp/2013/08/06/north-korea-airport/ や韓国との合同プロジェクトであるケソン工業団地の再開など http://www.cnn.co.jp/world/35035977.html