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[book]「ケヴィン・ケリー著作選集 1」を読んでいる その3

引き続き読んでる。 ケヴィン・ケリー著作選集 1 - 達人出版会

The Reality of Depending on True Fans

「忠実なファンの支援による生計の実態」: 七左衛門のメモ帳

このチャプターは、実際に「忠実なファンの支援」に支えられて30年近くにわたって音楽活動をしているミュージシャンRobert Richからのメール転載が大部分を占める。いち音楽ファンとしても、コンテンツ業界として働く人間としても考え込んでしまう内容だった。

あなたの生地で「マイクロセレブ」という言葉を引用していたが、皮肉にもそれは私にぴったりのようだ。(略)実際の「マイクロセレブ」の生活は、頂上に着くたびに巨岩が山を転がり落ちてもとに戻るという、シシュポスの運命によく似ている。ツアーが終わるたびに私は疲れ果ててしまうが、それでもいくらかの人がこの音楽にほんとうに多大な関心を寄せていると思うと力づけられる。しかし何ヶ月の後には全ては元通り静かになって、CDやダウンロードの売り上げも低下する。もしも1年間(略)アルバムに集中する時間を取るならば、その静寂の時間はどんどん広がって大きな穴になり、関心も薄れて行くだろう。そしてついに私が大胆な新しい方向への試みを発表した暁には、いつもの「千人の忠実なファン」に売ることが精一杯だろう。巨岩は山のふもとに戻って、また頂上に向かって転がし始めるときが来たというわけだ。

創作活動や何かを生み出す行為は、孤独なものだ。営業活動やそれにまつわる事務仕事も自分で行うと、創作者はさらに孤独になる。自分が好きなものに打ち込むことができる人だけがアーティストになれる・・・と言うのは簡単だが、アーティストも人間だ。レーベルやパブリッシャーの存在によってアーティストは孤独を和らげられていた、たとえそれを望まない人がいたとしても、レーベルにはそういう福次効果があった。レーベルを使うという選択肢がなくなってしまうというのは、アーティストにとってはマイナスではないのかな。「AかBどちらか」ではなく「AもBも」になるのが豊かさというものではないのか。

ハーツオブスペース時代(レーベル所属時代)の2万ー5万枚の売上と比べると、インターネットのおかげで「千人の忠実なファン」へ直接販売するようになったので、今はもっとお金を稼いでいる。しかし、ハーツオブスペースがアルバム販売のために行った多大な宣伝活動による恩恵がなければ、私が今日、専業のアーチストとして生き残る事はなかっただろう。

そもそも、アーティスト全員が営業活動が上手なわけないんだし。

多くの「ファン」は芸術に感動しても、それにお金を払わなければならないとは思っていない。あるいは、もしかしたら経済環境のせいで払えないのかもしれないし、便利さの法則の逆なのかもしれない。(略)デジタル流通は、想定される価値や魅力を下げているように思われる。容易にアクセスできることは、それが特別なものであるとか、自分だけのものであるという感覚を減少させる。(略)私はこのような力に対抗しようと努力している。高品質の音声を使ったり、聞く人に音源の重要性を知らせたり......しかしみんなが細かい事まで考えているとは限らない。

レーベルがあろうがなかろうが、これは今後ずっとつきまとってくることだ。解決策はまだ生まれていない。これを解決する策を考えること=コンテンツ業界で働くということ。