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本の索引

最近、本の前付け・後付けのことをよく考えています。前付け・後付けというのは、本文じゃない、序文とか、あとがきとか、参考文献とか、奥付とか、そういうところ。
特に関心を持って観察しているのは、索引。最近調べているのは物理本で、あまり手元にないので、本屋に行って、かたっぱしから索引ばかり立ち読みしたり、友人に頼んで物理本を借りたりしました。数学とはプレイヤー(出版社)も違うし、意識して見てると異なる面がたくさんあって、面白いです。見た出版社は、主にここらへん。

調査結果

数学本と物理本を比較して、気がついたことを並べてみます。

  • 人名索引のついているものが少ない
    • 数学の本も、ついているものとついていないものがありますが、物理はほぼ皆無。
  • 記号索引がついているものが多い
  • 欧文と和文を分けていないことがしばしば
    • 英語も日本語もごちゃごちゃ。数学本でも、たまにありますけど、割合的には少ない気がします。
  • 和文もアルファベット順で分類しているものがある
    • これが、結構な数で、ある。数学も、むかーしの本だと結構ありますが、物理は現役で存在するのかも(未検証)。

人名索引がつくとかつかないは本のテーマによりますし、欧文と和文を分ける・分けない等はスタイルの問題なので、どちらが良い・悪いではありません。傾向としてこうなのだな、というのを把握しています。

体験談

自分がユーザーとして専門書を使っていて、ひとつだけすごく気になったことがあります。

  • 取捨選択なく拾っている索引は無意味

Aという語について調べたい。10コ以上のページ数があがってる。1つ目のページをめくる。確かに、本文中にその言葉は登場するけど、さらっと触れるだけ。2つ目のページをめくる。同じくさらっと触れるだけで、つっこんだ記述はない。3つ目、同じ。4つ目、同じ。・・・。8つ目にして、ようやくAとは何か、どんなふうに使うのか、という記述がある。・・・という索引は、やめてほしい。

一方で、編集の仕事をしていてわかったこと。

  • 翻訳書の場合、索引はそのまま訳してはダメなことが多い

なぜなら、本文との翻訳揺れが生じてしまうから。下手をすると、索引に登場した言葉が本文にない!なんてことが生じてしまう。翻訳揺れや表記揺れを入念にチェックする、もしくは自分で訳した本文から独自に拾い直した方がベター。

つぶやき

編集者といっても、文芸や漫画の人は、索引なんて作らないんだろうなあ・・・