編集者の仕事
専門書の編集者の仕事について。「編集」という言葉は、とても範囲が広いので、会社によっても、人によっても、編集者の仕事内容は様々だと思います。それを踏まえた上で、私は次の3つの役割が特に大事だと思っています。
- 何を出すか・どう出すか(マーケティング)
- 正確性・信頼性の担保(品質保証)
- 人間関係の調整(カウンセラー)
マーケティング?
その出版社として、Aという本を出すのか、出さないのか。理工系の出版社と一口でいっても、得意とする分野や、出版方針は各社で違います。その会社の方向性に合致するのかどうかを考慮する必要があります。また、その本は出版する価値があるのか。経済的な売れる・売れないだけではなく、出版する価値があるのかどうか、という質的な点も検討します。
出版すると決まったなら、どういう形態で出すのか。どういう層に向けて、何部くらいで、何円で売るのか。そして、どういうタイトルで出すのか。どういうカバーで、どれくらいのページ数で、重さはどれくらいで、エトセトラエトセトラ・・・を決めます。
これらは編集者だけで決められることではありませんから、色々な人に相談したり、もちろん著者の先生の意見も伺ったりします。人によって意見が違うことは多々あるので、どの意見を採用するか悩んだり、自分自身の頭をひねってより良い策はないか考えたりします。
ところで、fuzzy Weblog@hatenaさんの記事。
書籍の価格には、ハードカバー版とソフトカバー版があります。一般に、最初にハードカバー版が発売され、それがたくさん売れると後からソフトカバー版が出ます。たくさん売れなければ安価なソフトカバー版は出ません。
素晴らしい洋書を見つけたので勝手に翻訳してみたのですが、これを出版する方法はありませんか? - fuzzy Weblog@hatena (更新終了)
とても素晴らしいので、翻訳出版に興味がある方は必見です。が、補足部分については、専門書の分野については当てはまらない項目が多いです。専門書ではハードカバーだけしかないもの、ソフトカバーだけしかないものがほとんどです。イメージできなければ、大学時代の教科書を思い出してみてください。選択の余地は、殆どなかったと思います。
初版で最低でも3000部、なるべく5000部刷らなければ、多くの書店に配本されません。つまり、書店の店頭に本が並ぶ機会がないわけです。
こちらもニッチな専門書だと、初刷り1000部とか、増刷になると数百部とか、そういう数字は日常茶飯事です(もちろん「専門」の分野にもよりますが)。そもそも、一般の書店への配本を想定していないという側面もあります。
品質保証?
昨日書いた索引についての調べ物のように、前付け・後付けの体裁方針を決めたり、貰ってきた原稿の体裁を整えたり・・・というのも、本としての質を高めるための一仕事です。他にも、原稿自体の品質チェックや、(誤字・脱字や表記揺れ等をチェックする)校正(の手配)や、図版が著者の意図通り出ているかのチェック。「本」というモノを商品にするための、細かな色々を手がけます。自費出版や同人出版では、こういったもろもろを、著者がすべて引き受けねばなりません。
学術書の場合、書いてあるもの自体の真実性・正確性は、比較的著者に一任されています。ノンフィクションを手がける編集者さんは、ここらへんの担保もするのでしょうか? そういう分野の方と話す機会があったら、聞いてみたいです。
カウンセラー?
これについては、海難記さんより引用。
原稿が目の前にあって、それを「本」という形にするだけなら、誰にだってできる。大した専門知識はいらない。それよりは人間のケアをするのが編集者というもので、本を出したいなんていう人間は、多かれ少なかれどこか病んでいるのだから、編集者は一種、そうした人に対する医者(あるいはカウンセラー)のような存在でなければならない。自費出版ビジネスでのトラブルが表面化しやすいのは、ここの部分が欠けているからだし、大手出版社の編集者が優れているのは、まさにこの対人関係の能力である。
はてなダイアリー
この記事は、苦笑しながらも大きく頷きました。まったくもって仰るとおり。出版業はサービス業の側面が強いです。サービスする相手は、著者の先生だったり、外注さんだったり、まあ、いろいろ。
たとえば、高名な先生の書いたアレな日本語を、マトモに読めるレベルのものに変えて貰いたい。しかし先生の機嫌を害してはいけない。さて、どう頼んだものか・・・*1みたいなことに頭を使います。*2
まとめ
・・・というように、編集者とは、「本」という商品を作るためのマーケティング担当者であり、品質保証担当であり、カウンセラーです。
パソコンが普及して、誰でもblogを書くことができるし、誰でもWordやIllustratorやPhotoshopで原稿を作ることができます。ですから、本を作るだけなら、誰でもできます。言うなれば、本を作るのは、料理やお菓子を作るのと同じです。作るだけなら誰でも作れます。しかし、プロが作ったものは商品です。そして、時には芸術作品にもなります。
ただ単に本を作るだけではなく、商品にできる、ひいては「作品」と言えるクオリティのものを企画し、つくり、なおかつ、関係諸氏を満足させること。それが、編集者の存在意義だと思います。