■[book]「リスク・リテラシーが身につく統計的思考法」/"Calculated Risks"を読んだ

415050363Xリスク・リテラシーが身につく統計的思考法―初歩からベイズ推定まで (ハヤカワ文庫 NF 363 〈数理を愉しむ〉シリーズ) (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)
ゲルト・ギーゲレンツァー 吉田 利子
早川書房 2010-02-10

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原書に忠実に日本語訳してあるので、邦訳だとちと冗長に感じる。第1部がメインで、第2部はそのための具体例色々、第3部で改めてメインメッセージを述べるという構成なので第1部だけ読んでもよさそう。自分は邦訳で全編を通して読んだ後に、第1部だけを原書で改めて読み返した。

2. The illusion of Uncertainty

At an unconscious level, our perceptual systems automatically transform uncertainty into certainty,...(知覚システムは無意識レベルで機械的に不確実性を確実性に変える。)

Any understanding we gain about the nature of the illusion is virtually powerless to overcome the illusion itself.(錯覚についてどれほど理解したとしても、錯覚そのものは事実上、克服できない。)

どれほど理解しても克服できないが、錯覚を起こしにくい表現方法・錯覚を起こしやすい表現方法を学ぶことはできる。

Social conventions are, like elementary perception, a source of the illusion of uncertainty.(社会的なしきたりは(略)初歩的な知覚と同じように幻の確実性の源泉なのである。)

思い込み・刷り込みによる盲目の確実性もたくさんある。「(親に言われた通り)・・・をしていればたぶん大丈夫」「(周りの人がやっているように)・・・をしないと危ない」etc.

Certainty has become a consumer product. It is marked the world over - by insurance companies, investment advisers, election campaigns, and the medical industry.(確実性は商品になった。この商品は保険会社、投資アドバイザー、選挙キャンペーン、医療業界などによって、世界中で販売されている。)

お金になりそうなところではあの手この手の統計手法を駆使して「これをすれば安全」「これをしないと危険」等のマーケティングが行われる。統計テクノロジーを活用するチャンスも多い。お金を生み出すためには役立っているだろうが、有益ではない使い方も多数行われているだろう。


ヨーロッパでBSE狂牛病)が流行した時期の、ドイツでの政治的キャンペーンを具体例に挙げて。

The game of promising certainty did not stop; only the players changed.(確実を約束するというゲームは終わらなかった。)

Reassurance rather than information.(第一の目標はBSEに関する情報ではなく安心感だった。)

2011年の東日本大震災でも同じ現象が見られた。少し前にやり玉に挙げられていたホメオパシー(代替医療)とも同じで、よくわからない情報よりも安心を求めるという状態。いっぽうで情報をよこせという要望に対して「安心です」という言葉だけを発信する現象もある。それで安心してしまう人がいるのが問題なのだが、しかしこれはどうにもならない気がする。大衆全てが賢くなる方法を模索するより、個々人が情報を収集して、足りない時には「よこせ」と声をあげる。その繰り返しでしか全体のレベルは上がらないと、最近の自分は思う。社会全体に期待をしてもしかたないなーというあきらめかも。


Dr. Jay Katz(Yale University)が外科医の友人と乳がん治療につきまとう不確実性について議論したとき、ふたりは「どの治療法がベストかは誰にもわからない」と一致したが、ある特定の患者については外科医は「ぜひとも外科手術を受けさせるべきと思わせた」と言った。それに対して。

Although he admitted that he hardly know the patient, the surgeon insisted that the patients would neither comprehend nor tolerate knowledge of the uncertainties inherent in choosing treatment.(その患者のことはよく知らないと認めたうえで、だが、患者たちは治療法選択には不確実性がつきものだという事実を受け入れることも理解することもできないだろう、と答えた。)

不確実性について理解の浅い医者が多い、また理解していても「患者にはわからない」と割り切っている医者も多い。情報を集めて「こうすべき」という指針を持っているときは患者から強く明白に意思表示をしたほうがよさそう。↓こういってる医者もいるし、実際のところはそうだろう。「わからないから決めて、お医者様」というひとがほとんどだろうと自分も思うし、「医者にも分からないことを素人が決められるか?」と考える人も多いだろう。

Sixty percent of patients, conservatively estimated, do not have the intellectual capacity to make decisions about treatments themselves.(控えめに見ても患者の60パーセントは、治療について自分で決めるような知的能力をもってはいません。

False positives have no place in the ritual(=the meeting between physician and patient). (この儀式(=医者と患者の話し合い)の中には、偽陽性が入り込む余地はないんです。)

A physician who takes anxiety away from the patient is a good doctor. One(=Doctor) has to do something one cannot do nothing; the patient would be disappointed or even angry.(患者の不安を取り除いてやる医師は良い医師です。何もしないという事はできない。患者は失望し、さらには怒りだしますよ。

自分が親知らずについて歯医者に相談にいって「そっとしておいたほうがいい」と言われた時にちょっと残念になった経験とも合致する。患者が医者に相談しに行く=何らかの処置をしてほしがっているという側面は否定できない。検査で何か異常が見つかったら、何か対策を提案してほしくなる。しかし何もできないこともあるし、何もしないほうが良いこともある。

しかし一方で「何かをする」ことが医師にとってメリットがあることもある。外科医が乳がん検査を推奨すると放射線医師が喜ぶという具体例がある。「医者と患者では治療をめぐる利害が違うからこそ、患者には情報を提供して、その情報をもとに自分で治療法を選択できるようにすべきなのだ。」と著者は書く。彼のメッセージはカントの「Dear to know!(知る勇気を持て)」という言葉に集約されている。

Learning to live with uncertainty is a daring task for individuals as well as societies. Much of human history has been shaped by people who were absolutely certain that their kin, race, or religion was the one most valued by God or destiny, which made them believe they were entitled to get rid of conflicting ideas along with the bodies polluted with them. Modern societies have come a long way toward greater tolerance of uncertainty and diversity. Nevertheless, we are still far from being the courageous and informed citizens whom Kent envisaged - a goal that can be expressed in just two Latin words: Sepere aude. Or in three English words: "Dare to know."

3. Innumeracy(数字オンチ)

Innumeracyを「数字オンチ」と訳すのはうまい。数学ができない人のことではなく、リスクに関するセンスを欠いた状態のことを指した言葉として著者は使っている。

Innumeracy - ignorance of risk, miscommunication of risk, and clouded thinking - becomes a problem as soon as one is driven out of the promised land of certainty into the world in which Franklin's law reigns.(数字オンチーリスクに関する無知、リスクの伝達ミス、的外れな考え方ーは、確実性が約束された世界からフランクリンの法則が貫徹する世界に移ったとたん、問題になる。)

無知というハンデを乗り越えるために情報を入手し(昔と比べて今は様々な情報が公表されている)、伝達ミスの起こりにくい表現方法を使ってリスクを表し(例えば相対リスクでなく絶対リスクを使う)、的外れな考え方をしないように表現方法をコンバート(例えば条件付確率は自然頻度に変換して表現)すれば、数字オンチは乗り越えることができる。